済生会和歌山病院 院長 川上 守
ただの腰痛(こしいた)と思っていたら、腰に癌が転移していたり、化膿していたり、知らない間に骨折していたり、神経に腫瘍があったりと、怖い腰痛の話はたくさんあります。しかしながら、これらの特異的な腰痛の診断は可能ですし、適切な治療にうつることができます。一方で、米国では腰痛は極めて医療費が嵩む疾病の一つで、腰痛に伴う休業など経済面でも大きな損失があると言われています。腰痛は、日本人の愁訴率の男性1位、女性の2位で、3年おきの統計を見ても男性では年々増加の傾向にあります。腰痛患者さんに対して、画像診断に欠かせないMRIはどこでも簡単に撮れるようになって久しいですし、また様々な新しい薬が処方できるようになっています。当然、脊椎外科としては新しい手術方法が開発されています。そのような医療体制があれば腰痛患者さんは減少してくるはずです。では、何故、腰痛の訴えは減らないのでしょうか? つまり、腰痛は「怖い」と言えるのではないでしょうか?
腰痛の診療ガイドラインでは、前述の特異的な疾患でない腰痛に対して運動が治療や予防に有効であると示されています。体を動かす運動によって体幹筋力が増強し、体幹の支持性が再獲得できることで、腰痛が緩和する可能性もあります。しかしながら、腰痛が単に腰周辺の筋力の低下によるものであれば、スポーツ選手には腰痛がほとんどないはずです。すなわち、腰痛には腰の解剖学的な変化や体幹筋力低下という器質的、身体的な因子のみが関係しているわけではないと言えます。最近では、職業や生活習慣病、心理社会的因子が腰痛に関連することが示されています。一方で、運動不足が生活習慣病につながることは周知のところですが、運動がストレスやうつなどの精神心理にも影響しています。
今回の院長だよりでは、まず「動くこと」の重要性について運動器を取り扱う整形外科の立場から「健康に影響する運動のエビデンス」について述べさせていただきます。
健康に影響する運動のエビデンス
運動が、肥満や高血圧、糖尿病、心臓病などの生活習慣病の予防に重要とされています。また、運動不足は大腸癌(特に結腸癌)、乳癌、子宮体部癌、前立腺癌、肺癌の危険度が上がるという疫学調査があります。週に3回以上1回20分間の歩行または自転車に乗るなどの活発なライフスタイルを送っている人たちに比較すると、運動していない人たちの総死亡率は2倍であるという報告もあります。高齢者において毎日の歩行が死亡率の低下に関与していることを強く示唆する調査もあります。身体活動量が低いほど死亡率が高いことも示されています。高齢者の大腿骨頚部骨折についても、ウォーキングしていないグループでは、ウォーキングしているグループと比較して40%ほど骨折率が高いことが報告されています。また、立位時間4時間未満の人たちは4時間以上の人たちと比較して70%骨折が多く、転倒・骨折と運動習慣の関係も明らかに示されています。うつ病についても、運動習慣のない人たちの抑うつ状態は11.9%、ときおり運動する人たちは6.2%、常に運動している人たちは4.1%であったという報告があり、運動習慣がうつ病の発症を予防している可能性を示唆しています。このような疫学調査から、運動習慣と死亡率や生活習慣病などの発症に密接に関係があることがわかります(表1)。
動くことで、生理的効果、心理的効果、社会的効果が得られます。体を動かすことによってエネルギー代謝亢進、体力向上、生理的機能の正常化、生活習慣病の予防といった生理的効果が得られます。また、気晴らし、健康の向上、生活の充実感、ストレスの解放といった精神的効果も期待できます。また、体を動かす運動やスポーツは家族との関係をよくし、社会での人間関係を充実させる効果があります。体を動かすことは身体、心理、社会的に健康を維持するために重要であることがわかります(表2)。
コロナ禍ではありますが、できるだけ体を動かして、運動習慣を身につけるようお願いいたします。
次回は、整形外科脊椎外科医として「生活習慣病としての腰痛」についてのエビデンスについて述べさせていただいます。