本当は怖い腰痛の話・・・

本当は怖い腰痛の話・・・vo.3「腰痛の新規発生ならびに慢性化の危険因子」

済生会和歌山病院 院長 川上 守

 腰痛の明確な原因として、骨折、腫瘍や感染などが挙げられますが、ほとんどの腰痛は「非特異的」と診断されます。ではこの「非特異的」腰痛が何故発症し、また慢性化する場合があるのは何故でしょうか?

 非特異的腰痛の発生と慢性化には、個人的要因、人間工学的・身体的要因、心理社会的要因が関係すると言われています。慢性化の危険因子として、学歴や強い痛みのレベル、医療者の態度があげられています。人間工学的・身体的要因としては頻繁な前屈みや捻り動作、荷物の取り扱い、介護作業などが発生因子として、1日の持ち上げ動作・業時間が長いことが慢性化の危険因子とされています。

 心理社会的要因は腰痛の慢性化のみならず発生の危険因子であることが示されています(表)。心理的ストレスが腰部負荷を増大させることが示されていますので、いわゆる「ぎっくり腰」を発生させる危険因子です。腰痛診療ガイドラインでは特別な検査や手術に続く4週以上3ヶ月未満にわたる活動の制約がある場合に精神社会的因子評価を考慮するプログラムが作成されています。

 一方、心理社会的因子は腰痛や身体の障害において重要な役割を果たし、治療とリハビリテーションの効果に影響を及ぼすため初期評価として社会心理的因子を検討するように勧告しているガイドラインもあります。仕事に対する満足度,仕事の単調さ,職場の人間関係,仕事量の多さ,精神的ストレス,および仕事に対する能力の自己評価の各項目は,将来の腰痛発症と強い関連があることが指摘されています。また腰痛の心理社会的な予後不良因子としては,仕事に対する満足度の低さ,うつ状態,社交性の低さ,および恐怖回避行動があげられています。精神心理的因子は慢性腰痛と機能性腰痛に関与し、職場での低補償と仕事に対する不満は腰痛の危険因子であるとされています。したがって、腰痛を身体・心理・社会的疼痛症候群としてとらえる必要があるとされています。

 痛みを悲観的に解釈してしまう痛みの破局的思考(反復、拡大視、救いのなさ)は痛みの発生や慢性化に強く影響すると言われています。これには痛みに対するネガティブな感情や脅迫的な情報(医師から言われた「年だから」「治らない」など)が痛みの破局的思考につながります。この思考過程は心理的ストレスが大きく関与しています(図)。

 私自身、前任地の紀北分院で脊椎ケアセンターを立ち上げるために赴任した当時、不思議な腰痛を経験しました。日曜の夜から月曜の明け方にかけて寝ていても腰が痛い。湿布を貼って、痛み止め飲んで車で通勤して、朝に外来、午後に脊椎手術・・・手術をしているといつの間にか痛みは無くなっている。元気に働けて週末はゴルフに行ったりもできる。ところがまた日曜の夜から月曜の明け方になると痛みが出てくる。何故か悩みました。

 分院に赴任したときに当時の分院長から会うたびに「脊椎の手術なんて大丈夫か?」というようなことを言われていましたので、これが原因かと考え、聞き流すようにしました。そうするとこの腰痛に悩まされることはなくなりました。痛みを楽観的に捉え、上司のストレスを回避したのが良かったと考えています。

 では本当にストレスだけで腰痛が出るのか証明する必要がありますので、ラットで慢性腰痛モデルを作成し、寒冷反復ストレスを加える基礎研究を行いました。このストレスを加えることで健常のラットよりも慢性腰痛モデルの方がより強い腰痛行動が見られることが判明しました。つまりストレスのみではなく何らかの器質的な病態が腰部にあって初めて強い腰痛が出現することを実験系で証明することができました。私自身、卒後4年目に酔っ払って階段から落ちて第1腰椎を骨折していますのでこれが私の不思議な腰痛に多少は関係していたのかなぁと思っています。

 

腰痛のある人は多いと思いますが、今一度ご自身の生活環境や職場環境などをじっくり見つめ直していただければと考えます。もちろん「特異的」な腰痛ではないということを診察させていただくことが大事ですので済生会和歌山病院へお越しいただければ幸いです。

表.非特異的腰痛の発生ならびに慢性化の心理社会的要因
表.非特異的腰痛の発生ならびに慢性化の心理社会的要因構造図

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